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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(行ツ)92号 判決 1969年7月15日

上告人

阿部良隆

外三六名

代理人

島内竜起

前田弘

沢邦夫

島内保夫

被上告人

徳島県選挙管理委員会

代理人

萩原博司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人島内竜起、同前田弘、同沢邦夫、同島内保夫の上告理由第一点、第二点および第五点について。

論旨は、本件の候補者の氏名および党派別を誤つて記載した一覧表(以下これを誤氏名等表という。)の掲示された投票記載所を使用した選挙人の数は、当日この記載所のある内町第一投票所において右の違法な掲示が発見されるまでに投票ずみであつた一一八〇名を、同投票所内にある記載所の数で除した一四八名を超えるものではなく、原審が右誤氏名等表により影響を受けた投票者の数は最高一一八〇名を限度として確定しえないとした判断には、採証法則違背、理由齟齬、審理不尽の違法がある、と主張する。

しかし、本件において、誤氏名等表の掲示された記載所の使用者の数が、所論のように、一四八名を超えないものであることについては、いまだその論証あるものとすることができず、原審が「右誤氏名等表により影響を受けた投票者の数は最高一一八〇名を限度として確定し得ないもの」とした判断に、所論採証法則違背、理由齟齬、審理不尽の違法があるとは認められない(なお、所論のうち、原審の判断には立証責任の分配を誤つた違法があるとする部分があるが、所論の点につき、原審は、前記の記載所を使用しなかつた者で誤氏名等表を閲覧した者が皆無とは断定しえないとするにとどまるから、この点についても、なんら所論の違法はない)。

論旨は採用できない。

同第三点、第四点および第六点について。

論旨は、(一)本件の誤氏名等表の掲示により影響を受けた投票者の数が一四八名を超えないことを前提として、右掲示の違法が当選無効の原因になるにすぎないとする上告人の主張を排斥した原審の判断に、判断遺脱または理由齟齬の違法があると主張し、また、(二)本件において右掲示の違法は当選無効またはいわゆる選挙の人的一部無効の原因となるにすぎず、これを本件第一開票区に関する選挙無効の原因となるとした原審の判断には、公職選挙法の解釈適用の誤りまたは理由齟齬の違法があると主張する。

しかし、本件誤氏名等表の掲示により影響を受けた投票者の数が一四八名を超えないものであるとする所論の採用し難いことは、さきに説示したとおりで、(一)の所論はその前提を欠く。そして、選挙争訟における選挙無効の原因とは、選挙の規定に関する違反があつて、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあることをいい、選挙の規定の違反とは、選挙の管理執行の手続に関する規定の違反をいうものであることは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和二三年(オ)第一三号同年六月二六日第二小法廷判決、民集二巻七号一五九頁等)、本件誤氏名等表の掲示が選挙の管理執行の手続に関する規定(公職選挙法一七五条の二)の違反として、右にいう選挙の規定の違反にあたることはいうまでもなく、本件選挙において最下位当選者と最高位落選者との得票差が一票であることは、原審の確定するところであるから、本件誤氏名等表の掲示の違法が選挙の結果に異動を及ぼす虞れのあることが明らかで、このことは、右の違法掲示により影響を受けた投票者の数が、原審認定のように、最高一一八〇名を限度として確定しえないものであると、また所論のように、一四八名を超えないものであるとによつて、なんら異なるところはない。したがつて、原審が本件において選挙無効の原因があるとした判断は、正当である。

論旨は、この場合、いわゆる選挙の人的一部無効が認められるべきであると主張するが、がんらい、公職選挙は選挙区を単位として行なわれるものであるから、一般に選挙区の選挙の無効は全部無効であり、ただ、選挙区内における選挙が二以上の開票区に分かれて執行された場合において、ある開票区かぎりの選挙の管理執行の違法があつたときは、その開票区に関する選挙部分のみが無効とされることがあるにすぎない(昭和三三年(オ)第四〇五号同年八月八日第三小法廷判決、裁判集(民事)三三号七五頁。なお、昭和四〇年(行ツ)第一一〇号同四一年四月二八日第一小法廷判決、同八三号四七一頁参照)。公職選挙法二〇五条一項にいう「選挙の…一部の無効」とは、このような選挙の地域的一部無効をいうのであつて、再選挙によつても当選に異動を生ずる虞れのない者の区別に関する同条二項以下の規定も、右の地域的一部無効を前提とするものである。所論のように、ひろく一般的な人的一部無効を認める見解は、実定法上の根拠を欠き、当裁判所の従前の見解がこれを採用し難いとするにあつたことは、前記判例に徴して明らかであつて、いまこれを変更する必要を認めない。

論旨は、本件において第一開票区の選挙を無効とすることの不合理なる所以を種々主張するけれども、本件誤氏名等表の掲示の違法は、候補者の選択を誤らせるもので、ほんらい特定の候補者に投ぜられるべきであつた票が他の候補者または非候補者に投ぜられることとなる結果、その影響の範囲はとうてい正確に把握し難いこととなるのである。すなわち、これを立候補した者の間に限つていつても、掲示の誤記に基づく甲候補の得票の増加は、他の候補者のうちの何びとかの得票の減少を、また、右の誤記に基づく甲候補の得票の減少は他の候補者のうちの何びとかの得票の増加を示すものといえる(昭和三九年(行ツ)第一六号、同年一二月一〇日第一小法廷判決、民集一八巻一〇号二〇五五頁)のであつて、しかも本件誤氏名等表に含まれる非立候補者との関係を勘案すれば、その影響の範囲はいよいよ測り難いものといわざるをえない。本件誤氏名等表により影響を受けたと見られる投票者の数は、最高一一八〇名を限度として確定しえないものであり、これが投票に及ぼした影響の測り難いことは右のとおりであつて、本件誤氏名等表の掲示の違法を過小に評価することは許されない。

原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用し難い。

同第七点および第八点について。

選挙が地域的な一部について無効とされ、再選挙が必要とされる場合に、再選挙によつてもなお当選を失う虞れのない者を区分するための計算方法は、公職選挙法二〇五条三項以下に規定される。論旨は、選挙の規定違反の影響が当該開票区における投票の全部に及ばないときは、同条三項以下の規定は適用されず、同法二〇九条の二の規定に準じた計算方法により当選を失う虞れのない者を区分すべきであるといい、本件において、原判決によれば最高限一一八〇票となる問題の投票は、選挙の規定違反のあつた第一開票区における他の投票の分散の割合(各候補者別の得票の割合)に応じて、各候補者間に分散するものと推定すべきである、と主張する。

しかし本件において、問題の一一八〇票は第一開票区における他の投票と混同されて、右の一一八〇票、また従つてこれを除く「他の投票」の分散(各候補者別の得票)の割合は、まつたく不明であり、また、この点を別としても、同法二〇九条の二を援用する所論は、選挙の地域的一部無効の場合につき当選を失う虞れのない者の区分の方法を定めた同法二〇五条三項以下の明文の規定を無視した独自の見解というほかはない。

原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用できない。

同第九点において

選挙の一部が無効とされるときは、その無効とされた部分について再選挙が行なわれることとなるが、全体の一部について、これを他から切り離して再選挙するものである以上、再選挙自体にある程度の不自然さが伴うことは避け難いところである。しかし、法は、選挙の全部を無効とするよりも、なお、これを地域的な一部にとどめて、その無効とされた部分についてのみ再選挙の執行をすることをよしとするのであつて、選挙無効の原因が存する場合に、つねに選挙の全部を無効とすることによつて生ずる結果の不合理性を考えれば、再選挙に伴う不自然さの故をもつて、選挙の地域的一部無効の制度を非難することはできない。論旨は、要するに、再選挙に伴う不自然さを挙げて、本件においては、当選無効または人的一部無効のみが認められるべきであるというのであるが、かかる主張の採用し難いことは、第四点および第六点について説示したとおりである。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

同第一〇点について。

論旨は原判決に憲法の違背があるというが、その実質は公職選挙法二〇五条の解釈を争うにとどまり、同条一項の規定にいう「選挙の…一部の無効」とは、選挙の地域的一部無効をいい、同条二項以下の規定は、これを前提としたもので、所論のように、ひろく一般的な人的一部無効を認めたものでないことは、前述のとおりである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(飯村義美 田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)

上告代理人の上告理由

第三点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな判断遺脱の違法又は理由に齟齬がある(民訴第三九四条、第三九五条一項六号)。

一、原判決は理由三において次の通り判示した。

「よつて以下まず右違法(選挙の当日、内町第一投票所の一番北側の投票記載台に午前一一時二〇分頃まで、前回選挙の候補者の氏名等が掲示されていたこと)が選挙の効力に関する違法に該当せず、当選無効の原因となるに過ぎないとの原告らの主張について検討する。

そもそも選挙の効力に関する違法とは選挙の規定に違反する事実があり、かつそれが選挙の結果に異動を及ぼす虞があるときを謂うものであることは法第二〇五条第一項の規定に照らし明らかであり、他方当選無効の原因については成法上の明文の規定はないが、選挙自体の有効なことを前提として、選挙会または選挙管理委員会の当選人決定に誤りがある場合をいうものと解する。もつとも個々の案件において裁判例が必ずしもこの原則を一貫しているやについては疑問が存するが、前記のように本件誤氏名等表の掲示が法第一七五条の二の規定に違反するものであり、右違反が選挙の管理執行手続の違反であり、法第二〇五条にいわゆる選挙の規定に違反する場合に該るものと解すべきは多言を要しない。(最高裁判所昭和三三年五月九日判決集第一二巻七号参照)よつて右違反が当選無効の原因となるに過ぎないとの原告らの主張は採用し得ない」

二、然し上告人は原審において、一投票記載台上の誤つた候補者氏名等表の掲示の違法を以て直ちに、「右違法が選挙の効力に関する違法に該当せず、当選無効の原因となるに過ぎない」という様な単純な主張をしたことはない。上告人は原審において

(一) 本件候補者の誤氏名等表掲示により、その影響を受け得た最高限可能性は一四八票に限定せられることを主張し、その場合において本件選挙規定違反によつて、その当選に影響を受ける虞の絶無な特定且つ大多数の当選者が存在することを計数上明確に主張し(原判決第一〇丁以下第二四丁までにその要旨が摘示せられている)、且つ之を立証し(前掲上告理由第一点参照)、又

(二) 右誤氏名等表が掲示せられていた間に投票所に入場した選挙人一、一八〇名全員が仮に誤氏名等表の影響を受けたとしても、それは本件投票所の所属する第一開票区における投票総数五四、七七七票の内の極く一部の投票の効力の選挙の結果に如何なる影響を及ぼすかの問題である。この様な場合には選挙全体を無効として、所謂選挙争訟の問題として事態を処理すべきではなく(蓋しそれでは選挙民全体の綜合的意思決定の結果を理由なく全然無視することになるからである)、当選者中何れの当選者が当選に疑があるかの問題、所謂当選無効の問題として処理せらるべきである(蓋し選挙民全般の綜合的意思決定の結果は、それら特定の当選者においてのみ疑問となるに過ぎないからである)ことを主張した(原判決はこの点に関し上告人の主張があつたことを判決書第五丁第六丁に摘示している)。

三、然るに原判決は上告人の右主張の根本的根拠を判断の外に除外し、宛も上告人が単に本件一投票記載台上の候補者名等掲示の過誤に関する「右違法が選挙の効力に関する違法に該当せず、当選無効の原因となるに過ぎない」と主張するものの如くに作定して、本件違反が当選無効の原因となるとの上告人の主張を排斥した。原判決は判決の主文に影響を及ぼすこと明かな判断遺脱の違法があり、それは又理由に齟齬があるものとも謂うことができる。

第四点 原判決には判決に影響を及ぼすべきこと明かな法令の違背がある(民訴法第三九四条)。

一、原判決は理由三において、「そもそも選挙の効力に関する違法とは選挙の規定に違反する事実があり、かつそれが選挙の結果に異動を及ぼす虞があるときを謂うものであることは法第二〇五条第一項の規定に照らし明かであり、他方当選無効の原因については成法上の明文の規定はないが、選挙自体の有効なことを前提として、選挙会または選挙管理委員会の当選人決定に誤りがある場合をいうものと解する。……本件誤氏名等表の掲示が法第一七五条の二の規定に違反するものであり、右違反が選挙の管理執行手続の違反であり、法第二〇五条にいわゆる選挙の規定に違反する場合に該るものと解すべきは多言を要しない」ものとし、本件違反が当選無効の原因となるに過ぎないとの上告人の主張を排斥した。

尚原判決はその理由において「原告らは本件過誤により必ずしも選挙の結果に異動を生ずる虞があるとはいえない事情が存在する可能性があるからこの点を審理しなかつた原裁決は違法であるというが、……本件誤氏名等表の掲示により影響を受けた選挙人が皆無であるとは到底考え得ないところであるから、この点に関する原告等の主張も理由がない」と判示した。

二、右判決理由に依れば、本件の様に一投票所内の一投票記載台における候補者名等一覧表一枚の掲示に過誤があつた場合において、最下位当選者と最高位落選者との得票差が一票である場合には(本位事例は正に之に該当する)、選挙人が一人でも右過誤氏名等表の影響を受けたときは(受影響票一票)、選挙全体の無効を来すということになる。之を本件選挙について一層具体的に言えば、原裁決の様に選挙はその違法のあつた第一開票区に関して無効ということになり、その開票区における有効投票総数五三、八六〇票中

(一) 受影響投票が一票あれば、その余の有効投票五三、八五九票は之がためその有効投票としての効力を失うことになり、最下位当選者のみならずその余の当選者全員四三名まで当選を失うことになる。

(二) 第一点論証の通り本件において受影響投票数は最高限一四八票であるが、この場合には(最下位当選者と最高位落選者との得票差が一四八票以下である限り)、その余の有効投票少くとも五三、七一二票はその一四八票のためにその有効投票としての効力を失うことになり、最下位当選者のみならず、当選者全員四四名が当選を失うことになる。

(三) 本件候補者の誤氏名等表が前記の如く貼付せられていた間の投票所入場選挙人一、一八〇名全員がその影響を受けたと仮定しても、その受影響投票一、一八〇票のために、その余の有効投票五二、六八〇票がその有効投票としての効力を失わなければならないことになり、当選者全員四四名が当選を失わなければならないことになる。

然しこの結果が余りにも不合理であり、健全な常識に反し又法律的条理に反することは余りにも明かである。斯かる結果を招来する法律の解釈適用は誤りであり、その解釈適用は法律の趣旨に違背するものと謂わなければならない。

三、この点に関し上告人は上告人が原審に提出した第一準備書面記載の主張の要点を此処に再び次の通り申述する。

(一) 選挙は特定の地位に就くべき者を多数の選挙人の自由意思によつて決定する目的のために採られる方法である。それ故に選挙人の自由意思の表示が妨げられ若くは自由意思の表示の確認が誤られた場合には、その不当の存在する限度において当該選挙の結果は之を否定せらるべく、当選せらるべからずして当選した者は排除されなければならない。選挙法が争訟を認める根本目的は一に懸つて此処に在つて、之以外に存しない。

この事は現行公職選挙法においても何等異なる所がない。同法第二〇五条が「選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り……その選挙の全部又は一部の無効を決定し」と謂い、又同法第二〇九条の二が「選挙の当日選挙権を有しない者の投票その他本来無効なるべき投票であつてその無効原因が表面にあらわれない投票で有効投票に算入されたことが推定され、且つその帰属が不明な投票があることが判明したときは各候補者の有効投票の計算については、その開票区ごとに、各候補者の得票数から、当該無効投票数を各候補者の得票数に応じて按分して得た数をそれぞれ差し引くものとする」と謂うは、前述の選挙争訟存在の根本目的に出たものであること疑の余地がない。

(二) それ故に選挙人の正当な自由意思の表示が妨げられ若くは自由意思の表示の確認が誤られた場合においても、それが単に選挙の一部局に限定せられる場合には、その限定せられた一部の選挙人の意思表示(投票)は之を有効と看ることができないとしても、之がためにその余の選挙人の瑕疵のない意思表示(投票)まで無効とすべきではない。この事は特定数の無資格者の投票が有効投票中に区別不可能に混在する場合であつても、又違法選挙管理の下において特定数の選挙人が正当な被選挙者決定の自由を阻害せられ、その投票が他の有効投票中に区別不可能に混在する場合であつても、事は同断である。此等の場合に此等一部特定少数の無効投票、或は違法選挙管理下の一部特定少数の投票が混在することの故に、此等の無効投票の存否に拘らず計数上尚当選の確実な者の当選をも認めないとすることは全く条理に背反し、選挙争訟の存在する根本目的を忘却した暴論である。

(三) それ故に選挙においてその原因の如何を問わず、無効投票が帰属不明に混在する場合において、

(1) その数又は最高限数を特定し得ず、為めに全当選者の当選に影響する虞がある場合には、全選挙又は当該無効投票が発生した一部地域の再選挙を行うの外ないが、或る当選者の得票中に無効投票の全数が混入したものと仮定して、その当選者の得票数から無効投票の全数を差引き、且つ違法選挙管理がなかつたとすれば、その無効投票の全数が有効投票として最高点落選者に帰属したものと仮定して、その全数を最高点落選者の得票数に加算してみても、尚その当選に影響のない者がある場合には、選挙人の綜合的意思の嚮つた所は明かであつて、何人もその当選を否定することを得ず、その余の不確実な当選者のみを失格させて、その数の候補者について再選挙を行い選挙人の意思を確認すべきである。この場合この事態を選挙全体の効力に関しない当選争訟の問題として取扱うか、又は之を選挙の一部無効の争訟の問題として取扱うか、それは之を処理する当局者又学者の自由である。

四、然り、而して本件選挙において原判決判示の選挙管理規定の違反があつたとしても、その影響は僅少の特定数又は僅少の最高限数の投票に及ぴ得たに過ぎず、その違反は大多数の特定可能な当選者の当選に影響の及ぶ虞のないものであつたことが計数上明かであり、この事は上告人が原審において詳細に主張し立証した所である。それ故に本件は当選争訟を以て争わるべき事案に該当し、之を選挙の全的無効の事案として裁決した被上告委員会の裁決は取消さるべきであり、又本件を選挙の一部無効(所謂人的一部無効)の事案と観る場合においては、被上告委員会の裁決と徳島市選挙管理委員会の決定が取消されると共に、多数の特定当選者についてその当選を失わない旨の判決が言渡さるべきであつた。

然るに原判決は之に反し、本件を以てその何れの場合にも当らずとし、却つて公選選挙法第二〇五条により本件第一開票区における選挙全部の無効を来すべきものとして上告人の請求を棄却した。原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令の解釈適用の違背又は理由に齬齟がある。<後略>

第六点 原判決には判決に影響を及ぼすべきこと明かな法令違背の違法又は理由齟齬の違法がある(民訴法第三九四条、第三九五条第一項六号)。

一、原判決は理由において次の通り判示した。

「2 当選不喪失の裁決をしなかつた違法があるとの主張について。

原告らは誤氏名等表に影響された投票数を最高一四八票とし、或いは一〇票として、何れも主張のように当選を失なう者があることを主張し、また本件選挙の当選者総数の得票総数から算出した得票数を基準として当選不喪失者を挙げこれらにつき当選を失わない旨の裁決をすべきであつたと主張する。

しかし原告らが縷々主張するところは結局人的一部無効の主張に帰し、選挙争訟においていわゆる人的一部無効はわが現行法の解釈として採用し得ないところで、法第二〇五条第二、三項の規定による当選不喪失者の区分はいわゆる地域的一部無効の場合の下における人的の一部無効を認めたものに過ぎない。

しかして同条項による人的一部無効の適用を受け、その当選を失わない旨宣しなければならない場合とは、同条項の規定による計算方法により算出した結果によるもので、一部無効の地域において選挙をやり直してもなおかつ当選を失う虞のない者を指すもので、違法地域における再選挙を前提とする計算に外ならない。

しかして右計算方法によれば本件選挙の当選者中、当選を失う虞のない者は皆無であることは被告主張のとおりなること計数上明白である。よつてこの点に関する原告ら主張も採用する由がない。

3 結局本件選挙の規定違反の存した間に一、一八〇人が投票し、その違法の影響は最高一、一八〇名を限度として確定し難いこと、そして本件選挙における最高位落選者と、最下位当選者との間の票差は僅に一票に過ぎないことに照し、本件違反がなかつたとすれば選挙の結果に異動を生ずる可能性の存したことは明白であるから、本件選挙中本件違反の存した第一開票区の区域における選挙は無効であるという外なく、法第二〇五条第二、三項に照し、本件選挙において当選を失わない者を区分し得ないことは前述のとおりであるから、何人についても当選を失わない旨を宣すべきではない」

二、原判決は理由五Ⅰにおいて原告らは本件過誤により必ずしも選挙の結果に異動を生ずる虞れがあるといえない事情が存在する可能性があるからこの点を審理しなかつた原裁決は違法であるというが……本件誤氏名等表の掲示により影響を受けた選挙人が皆無であるとは到底考え得ないから……原告らの主張は理由がない」と謂い、理由五2において、公選挙法第二〇五条第二、三項の場合の外、選挙争訟においていわゆる人的一部無効はわが現行法の解釈として採用し得ない」と謂い、更に理由五3において、「本件選挙の規定違反の存した間に一、一八〇人が投票し、その違法の影響は最高一、一八〇名を限度として確定し難いこと、そして本件選挙における最高位落選者と、最下位当選者との票差は僅に一票に過ぎないことに照し、本件違反がなかつたとすれば選挙の結果に異動を生ずる可能性の存したことは明白であるから、本件選挙中本件違反の存した第一開票区の区域における選挙は無効である」と謂う。

三、右原判決に従えば、本件選挙のために設置せられた数十ケ所の投票所の内(証人奈賀鷹夫速記第五丁、第六丁、註一八)唯だその一ケ所に当る本件投票所内の、投票記載所八ケ所の内唯だ一ケ所に、しかもその発見せられ正規のものと取換えられる迄僅かに四時間の間、候補者名等の掲示に過誤があつた場合において、

(一) 本件の様に最下位当選者最高位落選者との間の得票差が一票である場合には、右選挙手続規定違反の影響を受けた投票者が一人でもあれば(受影響票一票)、本件開票区における選挙が全部無効となり、他の完全な有効投票五三、八五九票がその一票のために全部効力を失い、最下位当選のみならず、その余の当選者全員四三名が当選を失わなければならないことになり、

(二) 受影響票の最高限が一四八票である場合には(本件受影響票の最高限が一四八票であることは上告理由第一点論証の通り)、最下位当選者と最高位落選者との得票差が一四八票以下である限り、第一開票区におけるその余の完全な有効投票少くとも五三、七一二票はその一四八票のためにその有効投票としての効力を失い、最下位当選者のみならず、その余の当選者全員四三名も又当選を失わなければならないことになる。

(三) 本件誤氏名等表が前記のように掲示せられていた間の投票所入場選挙人一、一八〇名全員がその影響を受けたとしてもその僅少な受影響票一、一八〇票のために、その余の完全な有効投票五二、六八〇票がその有効投票としての効力を失わなければならないことになる。

四、然しこの結果は余りにも不合理である。選挙争訟は選挙民の自由公正な選挙意思の表示を尊重確保するために許され行われるものである。換言すれば当選すべからざる者の当選を排除し、当選すべき者を当選させるために行われるものである。それ故に選挙施行の手続が選挙の自由公正を保持するための規則に違反する場合でも(その違反の影響した範囲の投票は、選挙民の自由公正な選挙意思の表示が妨げられたものとして、その効力は否定さるべきであるが)、その違反の影響を受けなかつた範囲の投票は飽まで選挙民の自由公正な選挙意思の発露であつて、その有効性は否定さるべきでない。之を否定することは故なき選挙民の選挙意思の否定であつて、前記選挙争訟の存在目的に違反し、法そのものの根本的条理に違反する。従つてこの場合には条理上当然に選挙の一部無効が存在せざるを得ないことになる(此等の点については尚上告理由第四点第三項参照)。

五、之を本件について言えば、投票者にとつて最も不便且つ遠距離にある一記載台上の候補者名等の約四時間に亘る掲示の過誤の影響を受ける虞のある最高限可能性数は上告由理第一点論証の通り一四八名即ち最高限受影響票数は一四八票であつて、此等僅少数の投票の有効性については一応疑を持たれるであろうけれども、その余の投票、殊に他の数十ケ所の投票所の投票、並に前記候補者の誤氏名等表が正規のものに取換えられた後の本件投票所の投票は如何なる場合にも明かに有効な投票であつて、その有効性が否定せらるべき何等の理由もない。即ち前記最高限一四八票の有効性に疑を持たれることは有り得ても、之がために第一開票区におけるその余の有効投票五三、七一二票について、又第二開票区における有効投票五九、四四八票について、従つてこの合計一一三、一六〇票についてその有効性が否定せらるべき理由がない。従つて又此等の有効投票の存在の故に計数上当選に異動を生ずべからざる当選者の当選は前記候補者名等の掲示の過誤に拘らず変動を受くべき筋のものでなく、唯だその余の当選者にのみ前記受影響票の帰属の如何によつて当選に影響を受ける虞れを生ずる。それ故に本件の場合には条理上当然に所謂人的一部無効が発生し得る。

六、公職選挙法は右の条理を否定していないし、又同法と雖も之を否定することはできない。従つて同法第二〇五条第三項第四項の規定は当該地域内における投票が全的に無効である場合又は全的に無効であるとしなければならない場合についての計算方法の規定であつて(この事はこれ等の規定が当選者の当選を失わないための要件として、他の地域における特定数各候補者との得票差合計数が無効地域における選挙人の数より多いことを要求していること並に違法地域における再選挙を前提とする計算方法を採つていることからも明白である)、之を例示的規定と解しなければならない。

然るに原判決は選挙争訟においていわゆる人的一部無効はわが現行法の解釈として採用し得ないところで、法第二〇五条第二、第三項の規定による当選不喪失者の区分はいわゆる地域的一部無効の場合の下における人的の一部無効を認めたものに過ぎないとして、本件において特定多数の当選者が本件候補者名等掲示の過誤によつて当選に影響を受けない旨の上告人の主張を拒否し請求を棄却した。それ故に原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違反又は条理背反の違法若くは理由齟齬の違法がある。

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